凡人は語る
著者:新夜詩希


 世の中には『天は二物を与えず』という言葉がある。

 曰く、『天は一人の人間に、それほど多くの長所を与えることはしない。』、『一人の人間が多くの才能や資質を備えているということはない。』という意味らしい。



 俺はこの言葉が大嫌いだ。



 何故なら古今東西、世界各国、森羅万象あらゆる言葉の中でこの言葉ほど嘘っぱちなもんはないからだ。……や、自分日本語とほんのちょっとの英語しか知らねーのだが。
 東京都八王子市に聳え立つ巨大な一貫性の『彩桜学園』という学校の高等部2年2組に在籍するこの俺・坂牧 涼麻(さかまき りょうま)は、この17年間の人生に於いて、その事をもう嫌というほどに味わって来た。

 目の前に典型例がいる。

 時は部活の朝練。俺はサッカー部に在籍している。練習の紅白戦にゴールキーパーとして俺が守るゴールに向かって、『華麗』としか言いようの無いドリブルでこちらのチーム(控え組)の守備陣をズタズタに切り裂きながら突進してくる一人のいけ好かない同級生の男子生徒。相手チーム(レギュラー組)のフォワードにして当校歴代最高、それどころか全国でもナンバーワンの呼び声高いエースストライカー。
 ヤツの名前は『神崎 道哉(かんざき みちや)』。凡人の俺からすれば信じられないほどの才能を持ち、ジュニアの時代から各カテゴリの日本代表に選出され続け、しかもエースとして活躍して来た『天才』だ。そのプレーには華があり、観る者全てを唸らせる。5年前の『全日本少年サッカー選手権』において、地区予選を2位通過ながら全国制覇へと牽引した稀代のプレーヤー。ヤツはこれまで、出場した試合ほぼ全てで得点をする、という偉業を更新中だ。それが達成出来なかったのは、過去に僅か一試合のみ。
 ターン、シザーズ、ステップ、パスアンドゴー。こちらのチームは神崎の凄さを見せ付けられる為に存在し、相手のチームは神崎の凄さを引き立てる為に存在しているかのよう。一頻りこちらのディフェンスを弄んだ所で、神崎は流れるような動作から素早く得意の右足を振り抜く。驚異的なスピードと破壊力を伴いながらも、尾を引くような美しい軌跡を描きながらサッカーボールが俺の守るゴールマウスへと飛翔する。俺は成す術も無いどころか、気が付いたら既にボールがゴールネットを揺らしていた。
 ヤツのシュートは目で追うのがやっと。そんな体たらくでどうやってあのシュートを止めろというのか。しかも仮に追い付けたとしても、下手に触れようものならこちらの手が突き指してしまうほどの威力なのだ。あまりにも規格外。レギュラー組の正キーパーでさえ止められないものを、万年ベンチを暖める俺なんぞが止められるはずがない。

「キャ〜〜〜!! 神崎先輩カッコイイ〜〜〜!!」

 グラウンドの隅から黄色い声援が飛ぶ。神崎の取り巻き、ファンの女の子達がご苦労な事に朝も早くから練習を見学しているのだ。神崎がゴールを決める度、一度もそんな声援を貰った事のない俺の精神を逆撫でする声援を神崎一人に送っている。その中には他校の女生徒まで混じっている。うちのサッカー部では取り立てて珍しくもない、最早当たり前になってしまった光景だ。

「みんな、応援ありがとう!」

 神崎は神崎で、その女の子達に手を振り、声援に爽やかな笑顔で答えている。
 ……そう、この神崎道哉という男、サッカーの類稀な才能を持つだけでなく、所謂『イケメン』なのだ。それもかなりの。幼い頃から各年代の日本代表に選ばれている事もあり当然マスコミへの露出も多く、そのスマートでテクニカルなプレイスタイルに加え、爽やかな甘いマスクでサッカー関係者のみならず幅広い層の女性ファンを持つ。
 しかもそれだけではない。テストの成績は常にトップクラス。生徒会の副会長にも選出されていて、その人当たりの良さも広く認知されており、顔良し才能良し成績良し性格良しの名実共に学園の人気者。所謂『完璧超人』というヤツだ。
 片や俺は……顔なんぞ並みかむしろそれ以下。テストの成績もイマイチ芳しくなけりゃ運動神経だって決して良くはない、取り立てて何の取り柄も無い一生徒。一般ピーポー。モブキャラ。その他大勢の内の一人に過ぎない。当然彼女もいないし友達も大した人数はいない。唯一昔から続けているサッカーでさえ、超次元の天才に淘汰されるだけの底辺選手だ。どれだけ努力しても、俺は神崎と同じ位置に立つ事なぞ出来やしない。俺だけに限らず昔からヤツと同地区でサッカーをして来た者にとって、それは共通意識的なものですらあった。

 ……敢えて今一度言おう。世の中には『天は二物を与えず』という言葉がある。



 俺は………この言葉が大嫌いだ―――――



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